利用者さんの手をさすっていたら、ふと不安になった。「これ、資格がないとやってはいけないのではないか」
あるいは先輩から「マッサージって言っちゃだめだよ」と注意された。理由を聞いても、はっきりした答えが返ってこない。
わたしは作業療法士として16年間、医療と介護の現場で手に触れる仕事をしてきました。この線引きは、現場でずっとつきまとう問題です。
この記事では、法律の条文そのものを引用しながら、どこに線が引かれているのかを確認します。あわせて、条文からは答えが出ない部分についても、はっきりそう書きます。読み終えたとき、何が決まっていて何が決まっていないのかが整理できているはずです。

先に結論:法律は「介護職のハンドケア」について何も書いていない
調べた結果を正直にお伝えします。
介護施設でのレクリエーションや日常ケアとしてのハンドケアを、名指しで「資格が必要」とも「不要」とも書いた法令はありません。厚生労働省の通知にも、自治体のQ&Aにも、判例にも見あたりませんでした。
「資格は不要です」と言い切っている記事をよく見かけます。ただ、その根拠として示せる公的な文書を、わたしは見つけられませんでした。言えるのは「法令に明文の定めがない」ところまでです。
ではどう考えればよいのか。条文が実際に何を禁じているかを読めば、輪郭は見えてきます。順に確認していきます。
根拠になる法律を、条文で確認する
関係するのは、通称「あはき法」と呼ばれる法律です。正式名称は「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」(昭和22年法律第217号)といいます。
この法律には、性質の違う2つの条文があります。ここを混同している解説がとても多いので、ひとつずつ見ます。
第1条 — あん摩・マッサージ・指圧などは免許制
医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。
あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律 第1条(e-Gov法令検索・2026年10月11日確認)
あん摩・マッサージ・指圧・はり・きゅうの5つは、免許がなければ「業として」行えない。これが第1条です。
第12条 — それ以外の医業類似行為は「何人も」禁止
何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。ただし、柔道整復を業とする場合については、柔道整復師法(昭和四十五年法律第十九号)の定めるところによる。
同法 第12条(e-Gov法令検索・2026年10月11日確認)
注目していただきたいのは「何人も」という書き出しです。
第12条は、免許を持っている人であっても禁じています。対象は「第1条に掲げるものを除く」医業類似行為、つまりあん摩・マッサージ・指圧・はり・きゅう以外のものです。
よくある誤解:「第12条は、免許のない人が医業類似行為をすることを禁じた条文」——これは誤りです。第1条と第12条は、別々のことを定めています。第1条はあはき5種の免許制、第12条はそれ以外の医業類似行為の全面禁止です。
罰則は第13条の7
第1条に違反して業として行った場合の罰則は、第13条の7第1項第1号に定められています。50万円以下の罰金です。第12条違反も同じ条文の第4号にあります。
「業として」とは何を指すのか
どちらの条文にも共通するのが「業として」という言葉です。ここが線引きのすべてになります。
一般には「反復継続する意思をもって行うこと」と解されています。ただし正直に書きますと、あはき法の「業として」をこの言葉で定義した公的な文書は、確認できませんでした。行政実務でそう扱われている、という理解にとどめてください。
ここで誤解されやすい点がひとつ。「お金をもらっていないから大丈夫」ではありません。報酬の有無は要件ではなく、反復継続して行う意思があるかどうかが問われます。無償のボランティアでも、繰り返せば「業」と評価される可能性は残ります。
厚生労働省の通知を読む
関係する通知が1本あります。平成3年6月28日付け・医事第58号「医業類似行為に対する取扱いについて」(厚生省健康政策局医事課長から各都道府県衛生担当部局長あて)です。
この通知は、医業類似行為を2つに分けて整理しています。
- あん摩マッサージ指圧・はり・きゅう・柔道整復 … 免許を有する者でなければ行えず、無免許で業として行えば処罰の対象
- それ以外の医業類似行為 … 届出をした者でなければ行えない。届出をしていない者については、次の基準による
当該医業類似行為の施術が医学的観点から人体に危害を及ぼすおそれがあれば禁止処罰の対象となるものであること。
厚生省健康政策局医事課長通知「医業類似行為に対する取扱いについて」(平成3年6月28日・医事第58号)より。同通知は昭和35年3月30日付け医発第247号の1 厚生省医務局長通知を引用しています(2026年10月11日確認)
この通知の条文番号は当時のもので、現行のあはき法とは一致しません。通知は「第十二条」「第十三条の五」と書いていますが、現在それに当たるのは第1条・第13条の7です。古い記事を読むときは注意してください。
最高裁判所はどう判断したか
「人体に危害を及ぼすおそれ」という基準は、最高裁判所の判決に由来します。
あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第一二条、第一四条が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのは、人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない。
最高裁判所大法廷 昭和35年1月27日判決/事件番号 昭和29(あ)2990/刑集第14巻1号33頁(裁判所ウェブサイト・2026年10月11日確認)
ただし、この判断を引くときは2つの限定を外してはいけません。
- 条文番号は当時の旧法のものです。現行のあはき法とは一致しません。
- この限定は「あはき5種以外の医業類似行為」についての判断です。あん摩マッサージ指圧そのものを無免許で業とした場合には及びません。
「健康被害がなければ無資格でも処罰されない」という説明を見かけますが、そこまで広くは読めません。
場面別に、どう考えるか
条文と通知からは、ここまでしか決まりません。そのうえで現場の場面に当てはめると、次のような整理になります。
| 場面 | 法令上の扱い | 考え方 |
|---|---|---|
| 施設のレクとして行う | 明文の定めなし | 介護サービスの一部。治療をうたわないこと |
| 入浴後などの日常ケアとして行う | 明文の定めなし | 保湿や状態観察をかねたケアとして記録に残す |
| 家族から頼まれて行う | 明文の定めなし | 施設の方針を確認。反復・有償になると下の行と同じ論点に入る |
| ボランティアとして行う | 要注意 | 無償でも反復継続すれば「業」と評価される可能性がある |
| 個別に謝礼を受け取る | 要注意 | 同上。報酬の有無だけで決まるわけではない |
| 「肩こりを治す」目的で行う | 不可に近い | あん摩マッサージ指圧(第1条)に当たるおそれがある |
| 施設外で有料サロンとして行う | 要相談 | 「マッサージ」を掲げるなら国家資格が必要。開業前に保健所へ |
「明文の定めなし」は「安全だと公的に認められている」という意味ではありません。法令が名指しで触れていない、というだけです。実際に問題になるかどうかは、目的・位置づけ・反復性で判断されます。
境界が気になるのは、下から2番目の「治す目的」です。同じ手の動きでも、何のためにやっているかで扱いが変わる。ここが一番の分かれ目だと思っています。
現場で気をつけたい3つのこと
法律に触れないことと、現場で問題を起こさないことは別の話です。実務で押さえておきたい点を挙げます。
①「マッサージ」という言葉を避ける
先輩に注意されたことがあるなら、理由はここです。日常語の「マッサージ」と、法律上の「マッサージ」は意味が違います。法律用語を使うと、無用な誤解を招きます。
- × マッサージ → ○ ハンドケア
- × マッサージ → ○ ハンドトリートメント
- × 施術 → ○ ケア
- × 揉みほぐす → ○ やさしく触れる
掲示物、レクの予定表、家族への説明。外に出る言葉ほど気をつけてください。
②「治る」「効く」と言わない
これは資格の有無に関係なく守るべき線です。
- × 「これをやれば肩こりが治りますよ」
- × 「血行がよくなって病気が防げます」
- ○ 「気持ちよく過ごしていただけたらと思います」
- ○ 「手があたたかくなりますよ」
治療をうたった時点で、話が変わります。効果を約束せず、いま起きていることだけを言葉にするのが安全です。
③記録に残す
見落とされがちですが、実務上いちばん大事かもしれません。記録があれば「業務としてのケアである」ことがはっきりします。逆に記録のない行為は、あとから問われたときに説明できません。
- ○「入浴後、ハンドケアを実施(約5分)。表情がやわらぎ、〇〇の発言あり」
- ○「レクにてハンドケアを実施。手指の乾燥を確認し、保湿剤を塗布」
- ×「マッサージをして気持ちよさそうだった」(用語と主観のみ)
介護記録では、主観だけの表現を避け、誰が読んでもわかる客観的な書き方が求められます。何をして、どう変化したかまで残しておくと、ケアの評価にもつながります。
判断に迷ったら、どこに聞けばよいか
ここまで読んでも、自分の職場の状況が当てはまるか判断しきれない場面はあると思います。そういうときの相談先を挙げておきます。
- まず勤務先の方針 … 施設としてどう扱っているかを確認する。法律以前にここが出発点です
- 保健所 … 開業や施設外での提供を考えるなら、事前相談が確実です
- 都道府県の医務担当課 … あはき法の所管です。制度の解釈はここが答えられます
- 弁護士 … 有償で行う、独立するなど、お金が関わる段階なら専門家に
「ネットで調べたら大丈夫と書いてあった」は、根拠になりません。わたしのこの記事も含めてです。無料で聞ける窓口があるので、迷ったら使ってください。
法律で義務づけられていないのに、資格を取る人がいる理由
法令に定めがないとわかっても、学びに行く人が一定数います。理由は4つあります。
①自己流の不安がなくなる
決まりがないということは、正解を誰も教えてくれないということでもあります。この力加減で合っているのか。この方に触れてよいのか。判断の拠り所がないまま続けるのは、思っている以上に消耗します。
②事故を防げる
高齢者の皮膚は薄く、骨はもろく、血管も傷つきやすい状態です。良かれと思って加えた力が、内出血や骨折につながることが実際にあります。
触れてはいけない場面を知っているかどうかは、資格の有無より重要です。体系的に学ぶと、この判断が身につきます。
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高齢者の手のむくみ|原因とさすってよいかの見分け方
③説明できるようになる
「なぜこれをするのか」を、家族や同僚に説明できるかどうか。根拠を持って話せる人は、現場で提案ができるようになります。「やってみたらいいと思う」と「こういう理由でこの方に有効だと考えます」では、通り方がまったく違います。
④将来の選択肢が増える
いまは施設の業務としてでも、将来的に独立や副業を考えることがあるかもしれません。その段階では、肩書きが判断材料になります。
国家資格と民間資格の違い
混同されやすいので、性質の違いを整理します。
| 国家資格 | 民間資格 | |
|---|---|---|
| 代表例 | あん摩マッサージ指圧師 | 介護アロマ、ハンドセラピスト等 |
| 取得方法 | 養成校で3年以上+国家試験 | 講座の受講+認定試験 |
| 期間の目安 | 3年以上 | 1〜3ヶ月 |
| 「マッサージ」を業とする | できる | できない |
| 治療を行う | できる | できない |
| 現場のケアに活かす | できる | できる |
ここははっきりさせておきます。民間資格には、法律上の業務独占を解除する効力はありません。民間資格を取っても、マッサージを業として行えるようにはなりません。
民間資格で得られるのは、資格そのものより体系的な知識と技術、そして判断の基準です。介護・看護の現場で使うことが目的なら民間資格で足ります。治療を仕事にしたいなら国家資格、という整理になります。
介護・看護の現場向けに設計された講座については、こちらで詳しく解説しています。
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まとめ
何が決まっていて、何が決まっていないのか。そこがはっきりすれば、迷いは減ります。
⚠️ 本記事は、公開されている法令・通知・判例を調べて整理したものであり、法的な助言ではありません。わたしは法律の専門家ではなく、作業療法士です。実際の判断は個別の状況によって異なります。迷う場合は、勤務先の方針を確認したうえで、保健所・都道府県の医務担当課・弁護士等にご相談ください。
不安なままやるより、根拠を持ってやるほうが、相手にも伝わります。わからない部分は「わからない」と知っておくことも、そのひとつです。
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